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2010年10月14日

サンホセ鉱山

2010年8月5日、チリ・サンホセ鉱山の地下700メートル地点で33名が採掘(金・銅)作業を行っていたところ、地下460メートル地点で落盤事故が発生した。

この鉱山は螺旋状の一本道で地下深く掘削されているため、彼らは坑内に閉じ込められた。その後、地下510mの地点でも落盤があった。これら2度の落盤のため坑道からの脱出や救出は不可能になった。

閉じ込められた坑内は、強烈なほど高温多湿で、しかも食料は3日分しかなかった。引き続き落盤の恐怖はあっただろう。ただ幸いだったのは退避場の近くの坑道は広く、機械類、構内自動車などもあったことである。

しかし、事故発生から10日も過ぎたあたりでは、栄養状態も悪くなり、精神的にはうつ状態になったり、精神不安になった人も少なくなかったろうと思う。リーダ-たちは、3日分の食料をできるだけ食い延ばすことを提案し、各自に業務の役割を分担させ、士気を維持するよう努力したようだ。

事故当時、現場監督だった男性が作業員を統率していた。乏しい食料を計画的に分配する配給制度を確立し、次の落盤事故に備えて見張りを立て、無傷の坑道を使って規律ある行動を保っていたのだ。

そして、17日が経った8月22日にまた奇跡が起こった。地上で捜索していた救援隊のドリルの先が退避場に達したのだ。そのドリルの先に、一人がメモをくくりつけた。それは、作業員全員が生存し、地下のシェルターに避難しているというメモ書きである。地中深く閉じ込められていた33人全員が生きて救援を待っていることが判った。この報道は世界に衝撃を与えた。

それから、2か月足らずの間、世界中の人々は彼らの無事を祈り奇跡を信じ続けた。そして2010年10月11日、世界中で祝福の声があがった。地中深くから一人も欠けることなく全員が生きて戻ってきたのだ。



本当に良かったと思う。
今、この人たちには全くプライバシーなどない。おそらく、これから一層美談を中心として個人情報がオープンになっていくだろう。事故救出が政治に利用されているという声も小さいが聞こえてくる。ひょっとすると、今後、金銭などの醜聞も聞こえてくるかもしれない。奇跡の生還の感動もやがて薄れ覚めていくだろう。でも、わたしは思う、33人が生きて地上に戻れたことだけは心から良かったと。


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まあ、いいんじゃねーの [?/]人名を金額に換算しちゃいけないんだろうけど、あえてソロバン弾きゃ 33人分だから一人頭 5千万弱。そう考えりゃ安いもんだろ [うんうん/]一番胸を撫で下ろ...
チリ 救出費用は最大16億円【時々時事爺】at 2010年10月14日 22:56
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