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2011年06月03日

最後まであきらめない

「忘れられない看護エピソード」作文の入選作品の表彰式が2011年5月14日、東京・神宮前の日本看護協会で行われた。脚本家の内館牧子さんや、主催の同協会関係の審査員らが1,940作品を審査し、看護職部門10作品、一般部門10作品を選んだ。
最優秀賞は、一般部門が千葉県・関口裕司さんの「父との永遠の別れ~看護への感謝」、看護職部門が愛媛県・篠川照美さんの「最後まであきらめない! 」。

これら20の作文のすべてを読んだわけではない。一般部門と看護職部門の最優秀賞の2作文を読んだだけである。一般部門 関口裕司さん(千葉県)の作文も印象に残る良い文章でした。どちらも良い話であった。

ぜひ、多くの方々に読んでいただきたい話だと思い、引用の範囲を超えているかもしれませんが、下記にアップしました。なお、看護職部門の多くは新人看護師時代のエピソードだったそうです。初心忘れるべからずなんですね。

最優秀賞作品
【看護職部門】
「最後まであきらめない!」:愛媛県・篠川 照美さん

20年前の話である。大学生A君が、昏睡(こんすい)状態でHCU(ハイケアユニット)に入室し、希望で母親が付き添うようになった。母親は大学まで出向き友人の声を週替わりで録音し、毎日耳元で聞かせた。また自らも廊下に響き渡る声で明るく語りかけていた。母親の愛情の深さ、信念を感じさせる日々であった。私も同じ気持ちで関わったが、母親のそれには到底かなわなかった。しかし、どんな刺激に対してもA君からの反応はなく、人工呼吸器の音だけが病室に響いた。

数カ月同じ状態が続いた。ふと、なんとなく分かっているのではないか・・・という印象を受けた。医師に報告し、脳波も取ってみたが、結果に変化はなかった。あきらめようとするが、やはり何かある。しかし、周囲は気のせいだと言って取り合ってくれなかった。それでも私は母親と共に信じ、毎日刺激し、その「何か」を明らかにしようとした。

ある日母親が、「この子アイスクリームが大好きだったのよね・・・」とポツリと言った。「刺激を与えてみよう」と考え、医師の許可を得て、アイスクリームを買ってきた。十分に安全性を考慮した上で、微量を舌にのせてみた。

するとA君の顔の半分が口になった。笑ったのである!大きな口を開けてうれしそうに笑った。確かに笑っていた。2人で泣いた。1カ月後には一般病棟に転出するまでに回復した。さらに数カ月が過ぎた頃、母親と一緒に「歩けるようになった」と病棟まであいさつに来てくれた。寝姿と違って2本の足でしっかり立っている彼は大きく見えた。

数年後、病棟入口にスーツ姿の男性が立っていた。「誰だろう・・・。業者かな?」と思いつつ「何でしょうか」と入口に向かった。そこには満面の笑みを浮かべた男性の姿があった。その笑顔はアイスクリームを食べた時の笑顔そのままだった。自然と涙が出てきた。数年遅れで無事に大学を卒業し、社会人となった姿を見せに来てくれたのだった。1人で来た彼の姿が大きく、大きく揺らいで見えた。

参考:
日本看護協会 20の作品を読むことができます。
「忘れられない看護」のエピソードの数々


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