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2012年07月27日

私の兄は両手足の指が1本もない

フェイスブックやブログで大きな反響を呼んでいる投書がある。一読して、ジーンと来た。だから、拡散したいので全文引用する。

主婦 織戸 郁子 (神奈川県大和市 58)

 私の兄は両手足の指が1本もない。私も1本しか指がない、障害者手帳1級と2級の兄妹です。私たちが幼い頃は障害者が外へ出るにも偏見があり、出会う子どもたちから心ない言葉でからかわれた。
 ある時、隣家のおばさんが「悪口を言う人が、あなたの悪い所をみな持っていってくれるのよ」とおっしゃった。
 私たちは親の熱意と周囲の善意で普通小学校に入った。いじめられるたび、私は泣きながら「ありがとう」と言った。おばさんの言葉が支えだった。気味悪がられたのか、いつかいじめはなくなった。
 成人して、ジロジロ見る人に友人が腹を立てると、私は「美人だから見ているのよ」と笑う。兄はパソコンで仕事をし、大学非常勤講師、私は「楽しい人だ」と周囲に言われながら、福祉相談員として忙しい日々を送っています。
 人の痛みがわかるのはその人の使命。今いじめられているあなた、どうか誰かに話して下さい。一人ひとりは強くありませんが、味方はたくさんいます。負けないで!

朝日新聞デジタル - 2012/07/23.13:00


これを読んで考えた。これはこれで良い。めげずに耐え、逆にいじめに感謝し、いじめを乗り切った。尊敬に値する。ボクシングの内藤大助さんもいじめられっ子として有名だ。もちろん、彼も立派だ。

しかし、それができなかった子供もいるし、あるいは現にいたことは事実だ。つまり、いじめるといじめられるの両者があって、いじめられるという視点からこれを克服したことを評価し、それができなかったことを貶めるような持っていき方。

わたしは、ずっと思っているのは、いじめをしないという視点の大切さというか、異文化、異質なものを尊重するおおらかさ。そして、いじめをおかしいと感じる感性。

うまく言えないが、ちょっと違うって思うんだ。いじめを克服したことは立派だと思うのだが、いじめをしない、あるいはいじめをおかしい、卑怯だと思う感性。そんなふうに感じられることのほうがもっと立派だと思うのだけど。

弱いものをいじめない。日本人が持っていた当たり前の感性が失われてきているのかなぁ。弱いものをいじめるな、みんな一人ずつがそう思い、そう言える社会。それが日本だったと思っているんだが...


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