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2013年07月27日

日韓の文化摩擦

今日、呉善花さんという女性の日韓文化摩擦についての文章を読んだ。教えられることが多かった。元データは、国際派日本人養成講座にあるが、抜粋された「My favorite ~Osaka, Japan~」さんの文章を長文ですが次のとおり引用転載する。

呉 善花(オ・ソンファ、1956年 - )は、韓国生まれの日本評論家、教員、言論家。出生名は呉勝一。済州島出身。大東文化大学(英語学専攻)卒業後、東京外国語大学地域研究研究科修士課程(北米地域研究)修了。拓殖大学国際学部教授。元韓国籍で日本に帰化

国際派日本人養成講座さんより抜粋
国柄探訪: 日韓文化摩擦を乗り越えて

日本という異文化社会に飛び込んだ韓国人女性が、
様々な文化摩擦に悩みつつ得たものは。


■1.初来日での「肩透かし」■

 日帝時代を頑迷に反省しない日本人-それは許さないと
いう反日意識を強く持っていた私は、どこへ行っても優し
く親切な日本人、どこへ行っても整然としてきれいな日本
の街並みに触れて、何か肩透かしをくわされた感じがした。

 戦後、最も強固な反日教育を受けた「反日世代」といわ
れた私の世代は、日本といえば「悪魔の国」と答えるほど
だったから、「日本人がよい人たちであるはずがない」と
いう強い先入観をもっていたのである。
  
 これが「東京経由のアメリカ留学」の計画で来日した27歳
の韓国人女性・呉善花さんの日本での第一印象であった。

■2.日本の商売人は何て良心的なんだろう!■

 昭和58年7月に留学生ビザで来日した呉善花さんは東京は
北区十条の友人のアパートに同居し、そこから日本語学校に通
い始めた。ソウルでは間借り生活で台所やトイレも共用だった
が、ここではすべて自前で、さらに友達が冷蔵庫、洗濯機、テ
レビ、電話まで揃えていたのにびっくりした。

 白米のご飯のおいしさにも感動した。韓国で白米を食べられ
るようになったのは1988年のソウルオリンピックの頃からであ
る。それまでは一般の家庭では白米に粟や麦を混ぜて食べてい
た。学校へ持って行く弁当でも百パーセント白米のご飯は贅沢
だというので禁止されていた。

 そんなある日、近所のお米屋さんでお米を一袋買って炊いて
みると、パサパサとしてまるでおいしくない。不思議に思って
店で聞いてみると、三分づきのほとんど玄米と同じ健康食用の
コメを間違えて買ってしまったと分かった。

 店のご主人は呉さんが誤って買ったお米を普通のお米に取り
替えてくれ、差額だけを支払って下さい、と言う。何て良心的
なんだろうと呉さんは思った。ソウルでは1万ウォン札を渡し
たのに、5千ウォンだったと店の人がごまかして喧嘩になった
ことが何度もある。日本ではそんな事は絶対にない、日本人は
良心的だ、という噂が留学生たちの間に流れていく。

■3.自然の美しさ、人々の温かさ■

 来日した当初は、親切な人が多い、秩序が安定している、街
がきれい、豊かな生活物資が満ちあふれているなど、とにかく
いい所ばかりが目についた。

 都会でも山の緑が家々のすぐ近くまで張り出している。それ
なのに人々はさらに自宅の庭に草木を植える。韓国では人々が
暮らす村里に緑があると動くのに邪魔になるという感覚が昔か
らある。庭に草木を植える家はかなり上流階級に限られていた。
しかし日本では普通の人でも普段の生活の中で緑を慈しむのだ
という。そんな違いも驚きだった。

■4.急に怒り出した八百屋さん■

 日本に来て最初の一年は、良い日本に感激した時期であった。
それは韓国で教えられていた日本の姿とはまったく違っていた。
しかし、2年経ち、3年を経て、日本の内部に入っていくよう
になると、呉さんはしだいに文化や習慣の違いからくる摩擦に
悩まされるようになっていった。

 十条のアパートの近くに小さな八百屋があった。ご主人が親
切にしてくれるので、野菜はいつもその店から買っていた。あ
る日、キムチを作ろうと、その八百屋に白菜を買いに行った。
呉さんは店先に積まれた白菜を、一つ、また一つと触って品定
めをしながら、「おじさん、今日は白菜をたくさん買いますか
らね、いいのを選んで下さいよ」と言った。

 すると、主人は急に怒り出して、「悪いけど、うちのものは
あなたには売りませんよ」。何が気に障ったのか、わけがわか
らない呉さんが「なぜそんなに怒るんですか」と聞くと、プイ
と横を向いて「朝鮮人にはものを売りませんよ」。同じような
ことが、美容院やお寿司屋さんでもあった。ようやくその理由
が分かったのは、それから数年後のことだった。

 韓国ではものを作る人、売る人を一段下に見る風潮があり、
また店の方でもいい加減なものを作ったり売ったりする傾向が
強い。そのため買い物をする時に、品質について念を押したり、
自ら商品に触って確かめるという事が一般的である。八百屋に
いけば「いい野菜をください」というのが、ごく普通の挨拶で
あり、それが店の人への親しみの表現なのであった。

 しかし、日本では八百屋は八百屋なりに、うちでは悪い野菜
など売らない、という誇りがある。韓国流の「いい白菜をくだ
さいね」という挨拶は、その誇りを傷つけるのだ。こういう場
合は「キムチを作りたいんだけど、どんな白菜がいいかしら」
などと、相手を専門家として持ち上げてやることが日本流であ
る。

 
■5.消しゴム事件■

 日本人の友だちができて、本格的につきあい始めると、ここ
でもさまざまな摩擦が生じてきた。たとえば、韓国ではご飯も
スープも食卓に置いたまま、スプーンですくって食べるのが食
事作法である。お茶碗を手に持って食べるのは、たいへん行儀
の悪いことである。

 それが日本の作法だと知っていても、目の前でそうされると、
生理的な嫌悪感を抑えることができない。日本人はなぜそんな
おかしな事をするのか、嫌な人たちだ、と思えてしまう。

 大学に入ってから、とても気のあう日本人の友だちができた。
しかし、その友だちは一緒に勉強していて、呉さんに消しゴム
を借りる時に「ちょっと消しゴム、貸してくれる?」と聞くの
である。返すときもいちいち「ありがとう」と言う。そのたび
に呉さんは「この人は私のことを本当に友だちだと思っている
のだろうか?」と不安な気持ちに襲われるのだった。

 韓国では親友や家族の間には、距離があってはいけない。
私の物はあなたの物、あなたの物は私の物、それでこそ親密な
間柄と言えるのである。だから友だちの間で「消しゴムを貸し
て」とか、いちいち「ありがとう」などと言うのは、とても失
礼なことなのだ。

 呉さんのほうは、友だちの消しゴムが横にあれば、まるで自
分の物のように断りもなしに使い、返すときもいちいち「あり
がとう」などとは言わない。ある日、呉さんがいつものように
そうしたら、友だちは耐えかねたのか、明らかにムスッとした
表情を示した。なぜそんな顔をされるのか、分からないまま、
呉さんはいいようのない暗く沈んだ世界に一人取り残された気
分に陥ってしまった。


■7.彼女は済州島出身の田舎者で、、、■

 平成2年、呉さんは「スカートの風」を出版した。日韓の文
化・習慣の行き違いについて、韓国人ホステスの例などを通じ
て述べた本である。反響は大きく、3ヶ月ほどで10万部を超
えるベストセラーとなった。これを機に、あちこちから講演や
原稿執筆の依頼が殺到するようになった。

 ある時、東京の日本語学校の先生たちの集まりで、一時間ほ
ど講演をして欲しいという依頼を受けた。その場には主催者側
が、東大の博士課程に在学中だという韓国人男性を呼んでいた。
呉さんの話が終わって、質問の時間になると、その韓国人が立
ち上がって、つかつかと前に出てマイクを握った。

みなさん、私は、いままで何も言わずに黙って聞いてきた
けど、彼女がどういう人だか知っているのですか。彼女は
韓国の軍隊出身なのですよ。

 確かに呉さんは高校を出てから、きびきびした女性軍人に憧
れ、10倍以上の狭き門をくぐって、教育期間を含めて4年間
軍隊に在籍し、その間大学にも行った。しかし、それと呉さん
の講演と何の関係があるのか、日本人聴衆はまったく分からな
かったろう。この男性が言いたかったのは、軍隊に行くような
女はまともではない、ということであった。さらにこう続けた。

 彼女は済州島出身の田舎者で、日本に来ても歌舞伎町の
ホステスたちと仲良くしているような人間だ。そんな人間
が話すことを、あなた方は韓国の代表的な意見であるかの
ように聞いたり、質問したりして、盛り上がっているとい
うのは、いったいどういうことですか?

■8.「紺屋の白袴」■

 その時、後ろに座っていた一人の日本人が「失礼なことをい
うな。おまえ出て行け!」と怒鳴った。韓国人男性は「そっち
こそ失礼ではないか、人がせっかく説明してあげているのに怒
鳴って」と、怒鳴られた理由がまるで分かっていない。

 そこで彼は、自分を紹介しますと言って、私は東大の博士課
程にいて、有名な○○先生のもとで、これこれの研究をしてい
る、と自慢げにとうとうと述べ立て始めた。これが韓国であれ
ば、一にも二にも彼の輝かしい学歴が、その主張の正しさを保
証し、だれもが彼の意見を尊重する所だ。

 しかし日本ではそうはならない。高学歴だからと言って、そ
の人の言うことが正しいとは誰も思わないし、そもそも「学者
馬鹿」などという言葉すらある。会場の日本人たちからは口々
に彼への反発の声があがる。しかし、彼はなぜ日本人たちが自
分に反発しているのか、まるで分からない。

 異文化摩擦の絵に描いたような事例である。呉さんには、そ
の行き違いが手に取るように分かった。
 
  この男性は博士課程で文化人類学を研究しながら、自分自身
では日韓の文化の違いをまるで理解せずに、韓国流そのままで
振る舞って、日本人聴衆の反発をかっていたのである。まさに
「紺屋の白袴」とはこの事だ。

            ~抜粋終了~




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