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2013年09月08日

再びの東京五輪

国際オリンピック委員会(IOC)総会は7日(日本時間8日)、2020年夏季五輪の開催都市を東京に決めた。東京での開催は1964年以来の2度目となる。当時、今はいない親父が「おりんさんもピックリ」と駄洒落を言っていたのを思い出す。あれから49年。56年ぶりの日本での夏季五輪。

開催期間は、2020年7月24日~8月9日、パラリンピックは同じく8月25日~9月6日まで。素晴らしい朗報だ。

政治、経済、文化、スポーツなど、東京への一極集中が加速されるかもしれないが、我が国全体の経済浮揚となればいいなあ。多くの海外からのお客様を是非とも関西、和歌山にお招きしたいね。

ほんとうに東京に決まって良かった。開催まで7年足らず、日本の景気が持ち直し、スポーツ界を含むわたしたちのモラルやマナーがもっと向上し、そして平和で幸せな気分で、世界からたくさんのお客様をお招きし、是非とも五輪開催を成功させたいものだ。知らせを聞いた今、1964年10月10日の東京の青空のような気分がする。ああ、待ち遠しい。

パラリンピック選手 佐藤真海さんの東京招致委最終プレゼン全文

 会長、そしてIOC委員の皆様。佐藤真海です。

 私がここにいるのは、スポーツによって救われたからです。スポーツは私に人生で大切な価値を教えてくれました。それは、2020年東京大会が世界に広めようと決意している価値です。本日は、そのグローバルなビジョンについてご説明いたします。 

 19歳のときに私の人生は一変しました。私は陸上選手で、水泳もしていました。また、チアリーダーでもありました。そして、初めて足首に痛みを感じてから、たった数週間のうちに骨肉種により足を失ってしまいました。もちろん、それは過酷なことで、絶望の淵に沈みました。

 でもそれは大学に戻り、陸上に取り組むまでのことでした。私は目標を決め、それを越えることに喜びを感じ、新しい自信が生まれました。

 そして何より、私にとって大切なのは、私が持っているものであって、私が失ったものではないということを学びました。

 私はアテネと北京のパラリンピック大会に出場しました。スポーツの力に感動させられた私は、恵まれていると感じました。2012年ロンドン大会も楽しみにしていました。

 しかし、2011年3月11日、津波が私の故郷の町を襲いました。6日もの間、私は自分の家族がまだ無事でいるかどうかわかりませんでした。そして家族を見つけ出したとき、自分の個人的な幸せなど、国民の深い悲しみとは比べものにもなりませんでした。

 私はいろいろな学校からメッセージを集めて故郷に持ち帰り、私自身の経験を人々に話しました。食糧も持って行きました。ほかのアスリートたちも同じことをしました。私達は一緒になってスポーツ活動を準備して、自信を取り戻すお手伝いをしました。

 そのとき初めて、私はスポーツの真の力を目の当たりにしたのです。新たな夢と笑顔を育む力。希望をもたらす力。人々を結びつける力。200人を超えるアスリートたちが、日本そして世界から、被災地におよそ1000回も足を運びながら、5万人以上の子どもたちをインスパイアしています。

 私達が目にしたものは、かつて日本では見られなかったオリンピックの価値が及ぼす力です。そして、日本が目の当たりにしたのは、これらの貴重な価値、卓越、友情、尊敬が、言葉以上の大きな力をもつということです。

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