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2010年09月24日

がんばれ市職員

 鹿沼市職員殺害事件を覚えておられるでしょうか。
 この事件は、首謀者である黒幕の業者が、長年にわたり栃木県鹿沼市の最高幹部や直接の窓口となる所管管理職に取り入るなどしてさまざまな権益を享受していたが、市長の交代に伴い、廃棄物行政担当参事に返り咲き、再び厳正な職務執行にまい進する被害者が、恫喝(どうかつ)等を繰り返しても意のままにならず、このままでは死活問題と理不尽にも逆恨みした挙げ句、邪魔者は消せとばかりに、カ尽くで排除しようと企てた凶悪な逮捕監禁・営利略取・殺人・死体遺棄の事案です。

 本件担当の飯渕裁判長は「一部上司同僚の職責に背を向けた対応や業者の執ようなどうかつにも屈せず、身の危険を感じつつも毅然(きぜん)とした姿勢で行政の執行に当たった」として、声を詰まらせて「公務員の鑑(かがみ)」と述べると、洌子さんは下を向いて涙ぐみ、その後もハンカチを取り出し、おえつを漏らした。

 

 2007年2月6日夜、東京都板橋区の東武東上線ときわ台駅で、自殺を図ろうとした無職女性(39)を助けようとして急行電車にひかれ、重体となっていた警視庁板橋署常盤台交番の宮本邦彦巡査部長(53)が12日午後、板橋区内の病院で亡くなった。交番には地元の小学生や住民らから回復を願う折り鶴や手紙が多く届けられていたが、復帰はかなわず、同僚たちも深い悲しみに包まれた。

 宮本巡査部長は、事故後、意識不明のまま集中治療室で治療を受けていたが、同日、午後2時25分、家族に見取られながら息を引き取った。遺体を乗せたワゴン車は午後4時10分ごろ、板橋署の正面玄関前に到着。署員が敬礼で迎えるなか、同僚らがひつぎを運び、署内に安置された。告別式は15日に行われる。

 常盤台交番には事故後、近所の人たちなどから100を超える花束が届けられた。訃報を聞きつけ、交番にはさらに多くの人が花束や手紙を持って訪れ死を悼んだ。近くに住む会社員、佐藤和代さん(36)は無事を祈っていたのでとても残念。地域になくてはならない人だった」と花をたむけた。遺族も午後5時過ぎ、事故現場を訪れ、花束を置き手を合わせた。

 宮本巡査部長は北海道出身。76年に警視庁に採用され、94年に巡査部長に昇任。千住署などを経て04年2月から板橋署に勤務していた。

 事故は6日午後7時半ごろ発生。宮本巡査部長が保護した女性が「死んでもいい」と交番を飛び出し、近くの踏切から線路内に侵入。後を追った宮本巡査部長が、駅ホーム下のある避難スペースに女性を移動させようともみ合っているうち、同駅を通過する急行電車にひかれ、頭を強く打って意識不明の重体となっていた。女性は腰の骨を折ったが、命に別条はない。

 この事件は、「千の風になって ドラマスペシャル」の第4弾『実録ドラマ 死ぬんじゃない!〜宮本警部が遺したもの〜』としてテレビ放映されました。


 わたしが、一部の公務員の方々を公僕あるいは護民官と称え賞賛するのはこういう人達がいるからなのです。ぜひ、「狙われた自治体 ゴミ行政の闇に消えた命」の一読をお勧めします。なお、行政対象暴力や行政に対する不当要求については、後日書きたいことがあります。同和産業構造改善事業資金貸付金債権の時効中断の措置とその回収。暴力団会長夫妻の市営住宅への不法な入居申請など、行政は断固拒否してください。勇気を持って。
  


Posted by ecell at 22:36Comments(0)行政