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2011年08月10日

東日本大震災を忘れない

一人でも多くの人を救おうと避難をひたすら呼び掛け続けた宮城県南三陸町の遠藤未希さん(24)、「半鐘」を鳴らし続け、津波にのみ込まれた大槌町消防団第2分団の団員たち、住民を避難させるため懸命に避難誘導した仙台南署荒井交番の渡辺武彦さん(58)、自社の中国人研修生らを助けるため逃げ遅れて行方がわからなくなった佐藤充さん(55)。

今も、被爆の恐怖のなか懸命に任務を果たしている原発労働者たち、被災地救援に向かい任務を果たした自衛隊はじめ多くの方々。

あなたたちは私たちの誇りです。名前を掲げることができませんが、勇敢にも人知れずその任務を果たし、亡くなられた方々がいたかもしれません。どうか安らかにお眠りください。我が国は必ず復興します。そして、あなたがたのことを忘れることはありません。

以下は主として引用文です。

じえいたいさんへ
げん気ですか。
つなみのせいで、大川小学校のわたしの、おともだちがみんな、しんでしまいました。でも、じえいたいさんががんばってくれているので、わたしもがんばります。
日本をたすけてください。
いつもおうえんしています。
じえいたいさんありがとう。
うみより

大きな揺れの後、津波の来襲と高台への避難をひたすら呼び掛け続けた。東日本大震災で、津波に押しつぶされた宮城県南三陸町で防災放送の担当職員だった遠藤未希さん(24)。いまだ安否が分からない。その後、遺体で発見された。「しっかり頑張ったね。でも、何も命を張ってまで…」。いたわりと無念さに揺れる母親。



東日本大震災で1000人を超える死者・行方不明者を出した岩手県大槌町で、大槌町消防団第2分団(越田弘分団長、28人)の団員たちは、防潮堤の門扉を閉じ、住民を避難させようと最後まで海辺にとどまった。任務を果たした結果、4人が死亡し、7人が行方不明。その中の一人、越田冨士夫さん(57)は団の象徴である「半鐘」を鳴らし続け、津波にのみ込まれた。

「巨大津波が来ます」。東日本大震災発生直後、仙台市沿岸部の交差点で懸命に避難誘導する警察官の姿を、車で通り掛かった女性が覚えていた。女性は津波から逃れ、2日後に家族と再会できた。警察官は6日後、遺体で見つかった。

東日本大震災で、自社の中国人研修生らを助けるため逃げ遅れ、津波にさらわれたまま行方不明となった宮城県女川町の日本人男性の行動が中国国内で大きな感動を呼んでいる。
女川町入りした中国国営新華社通信記者の記事によると、地震が発生した11日午後、同町の水産会社「佐藤水産」で研修する大連出身の中国人女性研修生20人が会社の寮の近くでうろたえていたところ、同社の役員の佐藤充さんが「津波が来るぞ」と叫びながら走ってきて、全員を高地にある神社に避難させた。

研修生の安全を確認した後、佐藤さんは寮に残した妻と娘を捜しに戻ったが、研修生たちが見ている前で津波にさらわれた。研修生の一人が、携帯電話で撮影した映像には、佐藤さんを思って泣き叫ぶ研修生の姿が記録されていた。

16日付の北京紙「新京報」は「感動」とのカットを付けてこの新華社電を大きく掲載した。インターネットには、「災害時に自分の家族よりも、会社に来ている外国の若者のことを優先する日本人の優しさと責任感に涙した」など多くのコメントが寄せられた。


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